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논문 기본 정보

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저널정보
동아시아일본학회 일본문화연구 일본문화연구 제14집
발행연도
2005.4
수록면
219 - 248 (30page)

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本硏究の目的は、戰後、高村光太郞に對しての戰爭責任論がどのように展開され、それが高村光太郞にどのような影響を及ぼしたかを促えることである。
戰後、文人の戰爭責任の追及は文壇の最大の課題であり、それは戰後民主主義のもたらした成果であった。したがって、戰爭責任論の追及の主導勢力は戰後民主主義文學陣營であった。
高村光太郞に對する戰爭責任論は1946年初から48年初まで盛んに行なわれる傾向を見せており、その後、小康狀態に落ちて、また1955年から約一年間、活潑な樣相を見せている。高村光太郞は戰爭責任論のもっとも中心的な存在であり、そのため戰後、誰よりも一番早い戰爭責任論が提起され、追及されたのであった。それは彼の戰爭犯罪が第一級であり、重いのを語る。
高村光太郞に對する戰爭責任論はだいたい次の三つに分けられる。第一は、小田切秀雄、壺井繁治、秋山淸などの新日本文學會の進步陣營の攻擊的な戰爭責任論である。その中心人物は壺井繁治で、もっとも確かな原則に踏まえて直說的な攻擊を浴びさせている。だから、この論にたいして反擊が多くて激しい。 そしてこの論は「暗愚小?」が發表され、それをめぐって論難が行なわれる1948年初まで盛んに行なわれた。第二は、小森盛、北川冬彦、吉本隆明などの高村光太郞の擁護論者の戰爭責任論である。前者の二人は高村光太郞との個人的な關係あるいは自分自身の個人的な立場からくる無原則なある意味での機會主義的な擁護論を說いている。吉本隆明は戰前プロレタリア文人と戰後民主主義文學陣營に屬する小田切秀雄、壺井繁治の戰爭期と戰後の一部分的な詩と活躍をとりたてて、高村光太郞に戰爭責任論を主張する資格がないと個人的は攻擊にだけ傾いている。高村光太郞の戰爭責任論の本質から離れたあまり枝葉末節に落ちた感じである。第三は、金子光晴の高村光太郞に對する戰爭責任論である。この論はもっも中立的で、客觀的で、說得力あふれる權威ある戰爭責任論であるといえる。
高村光太郞に對する戰爭責任論は高村光太郞をして姿勢と思考の?化をたらすきっかけを呼びおこした。「暗愚小?」は高村光太郞に對する戰爭責任の追及の實のりである。「暗愚小?」を覆っているのは高村光太郞の過去について解明していく過程で自己告白と弁解である。しかしながら、戰爭責任の追及の結果、手早く自己の行手を?え、間違った過去から斷絶と自己?化を試み、新しく開かれた戰後民主主義社會をほめており、その?化をもたらしてくれた米國にも感謝の意を表わしている。

목차

서론
본론
결론
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