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논문 기본 정보

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학술저널
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저널정보
동아시아일본학회 일본문화연구 일본문화연구 제12집
발행연도
2004.10
수록면
217 - 235 (19page)

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『龍』は『宇治拾遺物語』卷11の第6話「藏人得業猿澤の池の龍の事」を原典にしている。原典では、最後の場面で通りすがりの目くらが惠印の鼻くらという、渾名をいいあてた偶然のおかしさを見出しているが、『龍』ではその場面が削除され、原典で昇らなかった龍を昇らせている。
『龍』は『宇治拾遺物語』の編纂を企圖した隆國が町の者に逸聞奇異を求めたのに應じて陶器造りの翁が昔話を語り、隆國の感想によってしめくくられるという形式を取っている。
話の發端となった建札は、民衆を笑い返してやろうという惠印の惡戱心が建てたものであった。「3月3日この池より龍昇らんずるなり」の建札が民衆の中で廣がり、信じ입まれるにつれて、惠印の心象も移り變わっていく。初めは單なる惡戱として樂しんでいた惠印が、その影響力の大きさに氣付いたとき、恐縮しさを抱くようになり、つい龍の天上に期待を抱くようになったのである。信ずることへの迷いのない一心が惠印の心理を變化させたのである。
すると、龍が昇るということはどういうことであろうか。蛟龍毒蛇から龍王、龍神へ呼稱が變化していく過程から龍は憧れているものの象徵、龍の天上はそれが協うということを意味していると考えられる。また、「龍は信ずる者のみが見ることができる」という隆國の言葉は、信じきることができる者は客觀的に認識できる世界のみならず、主觀によって把握される世界までも所有できるという芥川の認識である。惠印は、つい民衆と同じように主觀による受け入れを行い、龍の天上を見たからである。だから、龍を天上させた大なる力は信ずることへの迷いのない一心であった。芥川はこの『龍』において信ずることへの憧憬の念を龍の天上という形で提示したのである。

목차

서론

본론

결론

참고문헌

논문초록

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