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저널정보
동아시아일본학회 일본문화연구 일본문화연구 제11집
발행연도
2004.7
수록면
167 - 184 (18page)

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朝鮮との國交回復は幕末より日本の宿願であったが、朝鮮側としては明治維新以降、日本自側 による新しい國交樹立を求められたため、交涉は更に劫れていた。それで、日本では1874年 を前後して征韓論が再び沸騰してきた。そして、その捌け口をとうとう1875年9月20日の雲揚 號事件を起すことによって開いた。
雲揚號事件から130余年經った今でもこの事件が9月20日の1日に起ったことと知られてきたが、最近、日本防衛硏究所の資料室から新しい資料「雲揚號艦長井上良馨最初報告書」が發見され、雲揚號事件は1975年9月23日から22日までの3日間(「雲揚號艦長、井上良馨の最初報告書」1875年9月29日作成を根抛に)に渡って起ったことが明らかにされ雲揚號事件の硏究に新たな契機となったのである。
本稿は、雲揚號艦長井上良馨の報告書の2つを徹底した檢證を通じて比較し、日本側が明治維新以後、絶え間なく唱え讀けてきた「征韓」に焦点を合わせて檢討してみたものである。本稿の順序としては、まず卽存の報告書(10月8日)を檢討し、次につい最近發見された報告書(9月 29日)を檢討してその二つの報告書を比較した。そして3日間における戰闔がどうして一日にして起きたことと變わってしまったのかを、3日間の戰闔の經過を丹念に考察することで探り出し、それが明治初期の「征韓論」とどのように繁がっているのかを考察してみたので ある。
新しい史料の發見は今では非常に稀なものだけあって大事なものであり、場合によっては歷史事實を變えることもある。從って、ここて紹介した報告書(9月29日)も多樣な視点からこれからより活發な硏究がなされるととを望んで止まない。

목차

서론

본론

결론

참고문헌

부록

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