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학술저널
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저널정보
한국일본근대학회 일본근대학연구 일본근대학연구 제19호
발행연도
2008.1
수록면
35 - 54 (20page)

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平野謙は政治的ではない「春さきの風」の母親の姿と取り上げて、この小説の芸術的完成を言った。もちろん、ここで平野の言っている芸術(文学)とは、政治的言説と切り放されたところに存在するものである。しかし、中野重治は「春さきの風」でけっして政治を排除したわけではない。ただ、彼は一般的に言われる「文学/政治」という二項対立的な枠組みの外側で、他の政治や文学(芸術)を思考したのである。 中野の考えた芸術(文学)は芸術大衆化論争で主張したように、大衆の姿をそのままに描くことであった。ただ、ここで言っている大衆は、たんに集団あるいは階級の一員としての大衆ではない。それは自らを集団に属する存在として見なすことを拒む「単独者」としての大衆である。ここでいう単独者と個人の絶対化とは何の関係もない。大事なのは、個人は社会的関係─いわゆる階級関係─から逃れることはできないのだが、そうだっといってすべてがそこに回収されることでできない、ということである。社会的関係はより多様な次元で働いている。このような認識の上で中野が注目したのは、そのような多様な関係の中である時は矛盾を孕んで現れる大衆の姿である。 これまで中野重治において大衆の問題は、彼が大衆志向的な作家であったという点にその焦点が置かれていた。しかし、問題なのは、彼の求めた大衆志向性の内容と方法であり、それの前提となる大衆との関係の在り方である。この問題と関連して本稿で注目したのは、階級意識に還元されない存在としての大衆を中野が見いだしたことであり、それが彼の芸術論の核心をなしているということである。 還元不可能性に対する認識は認識する主体とその対象との間で、ある距離を思い出させる。この点からすると、被植民民族としての朝鮮人は日本人である中野にとって、他者であると同時に、被抑圧大衆の一部である。中野はこのような朝鮮から政治的他者性を見いだしたものの、文化的他者性には沈黙で貫いた。一方、東北という列島内の植民地からは文化的他者性を見いだしている。本稿は、このような中野の沈黙の背景として、社会主義のもたらした階級的想像力、そして彼を朝鮮と媒介した朝鮮たちが言語および思想の面において、中野とコードを共有したことを指摘した。

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