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논문 기본 정보

자료유형
학술저널
저자정보
裴寛紋 (한국외국어대학교)
저널정보
한국일본문화학회 일본문화학보 日本文化學報 第 50輯
발행연도
2011.8
수록면
129 - 142 (14page)

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本稿は、本居宣長の言語認識に焦点を?てていた小林秀雄の宣長批評を一つの手がかりにし、宣長が彼の半生をささげた『古事記』注?の意味を考えようとしたものである。宣長にとって『古事記』は、文字をもたなかった古代日本の、あるべき「古語」を見出し得る第一の文?であった。『古事記』序を?明資料として用いたことや、注?の?象として『日本書紀』でなく、『古事記』を選んだことなどは、こういった認識に深くかかわっている。ただし、以上のような議論だけでは、『古事記?』そのものに?した宣長理解あるいは宣長批判にはならず、そこで本稿は『古事記?』のテキスト分析の重要性を問題提起として確認したのである。ひとまずの結論として、宣長の『古事記』注?の?みは「(古)言」探しという方法的自?と相まって「(古)事」を求めていたところに意味があると指摘し、だからこそ『古事記?』において『古事記』は世界の原典として成り得たのだろうという今後の展望を示した。

목차

はじめに
1. 「言」への問い
2. 「古語」を求めて
3. 文字無き世界の「言」と「心」
4. 「事」として?現する世界
おわりに
【?考文?】
要旨

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