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논문 기본 정보

자료유형
학술저널
저자정보
류교열 (한국해양대학교)
저널정보
대한일어일문학회 일어일문학 日語日文學 第49輯
발행연도
2011.2
수록면
365 - 377 (13page)

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本稿では、1930年代の在釜山日本人社?の「死」を、主に火葬場と?場、そして日本人共同墓地を中心に?討している。日本人社?の要求によって、1929年に釜山府主導で谷町日本人共同墓地に最新式火葬場と?場が建設される。谷町は、朝鮮人??者が集?的に居住する空間で、釜山府の一方的な火葬場の移?決定は、猛烈な住民の反?を招き、?更を余儀なくする。しかし、この過程の中で、葬式文化の違いから?る朝鮮人らの火葬への抵抗感は勿論、民族的な差別への抵抗へと?展していく「日常の抵抗」を垣間見ることができる。
一方、植民地における日本人社?での集合的な「死」の?理は、?地=故?の?統によって形つけられることなく、むしろ?地=故?への?力な回?意識によって火葬選?が?倒的となる。特に、こうした傾向は朝鮮人をして共同墓地=集葬地と火葬への誘導を求める?督府の「墓地政策」とも符合した。しかし、もっとも要求されるのは、遺骨の?地=故?への移送ではなく、植民地での完結な?理であった。「死」の定着なくして?なる「生」の定着は期待し得ない。結局、このような認識は?督府でも提起されるに至る。このような?督府での議論が現?的に植民地海港都市釜山?の日本人社?の認識?化とどれほど連動していたのかは未だに??しきれないものがある。しかし、1930年代を前後して朝鮮のほぼ大多?の大都市で近代的な設備の火葬場と?場、そして日本人共同墓地の公園化が始まる。
今後、釜山以外にも韓??を含む東アジアの植民地海港都市を中心にそこに進出した日本人の「死」にいかなる政治文化的な?値が付?されたか、そして、それがまた植民地海港都市?の日本人社?の「生者」をどう規定したかという問題を?けて比較?討していく課題が?されている。

목차

〈要旨〉
1. 들어가면서
2. 재부산 일본인사회와 사망자 처리
3. ‘죽음’의 처리를 둘러싼 갈등
4. ‘죽음’에 대한 재부산 일본인사회의 의식과 변용
5. 나오면서
參考文獻

참고문헌 (23)

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